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2013年 02月 13日

はちとの思い出

はちを虹の橋へ笑顔で送るはずでした。

つらいつらい。。。

さびしくてさびしくて。。。

ちびの時は突然、悔いばかりが残った。

すみれの時は、尿毒症の初心者で、亡くなるその日まで病院に通った。

すみれを送って、その僅か3ヵ月後にすみちゃんが慢性腎不全だと分かり、皮下輸液の日々が始まった。

一年間欠かさず輸液して、特別療法食を工夫して与えて、一時は800グラム太らせることもできた。

一年後の去年の春、はちの食欲が落ちて、慢性腎不全 末期ではない と診断された。

私の世話が大好きな妹のすみちゃんとは大違いのはちは、皮下輸液を嫌がって、どうしても輸液させない日があり、苦労したけど、やっぱり悪化が進んでしまいました。

夏を過ぎる頃には、段々と痩せてしまって、秋にはついに末期になっていたと思う。

先生は、すみれを看取った私に配慮してか、末期です とは一度もおっしゃいませんでした。

12月23日に、カリウムの値が高いから、今日にも心臓が止まるかもしれないと言われました。

11月からは貧血の治療のために、骨髄を刺激して造血させる注射を8回打ちました。

はちは咬むことを覚え、はちを押さえていた私の手からかなりの出血をしていまい、先生を驚かせてしまうこともありました。

また、年始には先生の指を咬み、ケガを負わせてしまいました。

そんなときにも、猫には常に優しく接してくださった石黒先生。
先生のお陰で、はちは6年の野良生活から、愛される家庭猫になることができました。

家族にたくさんの笑顔を運んでくれました。

はちは何度も発病して、私を驚かせて、そしてお世話させてくれました。

はちの治療期間は11ヶ月。

最期は看るのもつらいほど痩せて顔も変わってしまって。

けど、私はあきらめなかった。

はちのことが大好きで、可愛くて、愛していたから。

悲しいことに、ちびとすみれを看取った経験から、命が消えかかっていることはわかりました。

5月の金環食、楽しい思い出だね。

はちのいない日常が、日常に変わるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだよ。


こんなに悲しいとは思わなかった。

はちの遺骨は、仲間がみんな眠っているところに入ることになりました。

はちの棺を預けて帰ってきたら、やっぱり寂しさに耐え切れずに迎えに行きたくなりました。

けど、係りの人の 野良猫も飼い猫も犬もみんな同じように分け隔てなく扱いますから。

その言葉は、動物愛護の精神そのものだったので、はちは命いっぱいに生きて、立派な往生だったと思います。

まだまだ泣けて泣けてしまうけれど、泣いてばかりいると迷子になってしまうから、虹の橋の仲間のところへ、まっすぐに上っていけますように。

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ニキママさんがお花とお手紙をくださいました。
ありがとうございました。

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花の好きなトリトンがカルメンをしてしまったので、夕方からお花の小さなブーケになってしまいました。
茎がなければ咥えて遊ぶこともないようです。

マットの散歩でまたお会いできるのを楽しみにしています。MEY
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by chibi_mat | 2013-02-13 23:32 | 虹の橋


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