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2009年 03月 03日

生活保護申請激増を憂う

おじさんは70代半ばに見えた。。。。
が、実年齢は64~5才。名前を知ったのは、いよいよ申請しようかって頃。

●NHK教育テレビ/ETV特集 22:00〜23:30 
「ひとりと一匹たち 多摩川・河川敷の物語」 
に出てきたおじさんにとてもよく似ていた。
猫と暮らしているのも同じだった。
この番組はビデオに撮って、なんども見ました。
小西修さんの奥様はなんと ライブもやっているシンガーでした。

猫達が生きていた証を残したい 

胸を打つ言葉です。 
日本の国は病んでいるけれど、健全で心ある人はそれ以上にいると思います。
私もそのうちのひとりでありたい。

今朝の朝刊にはどの誌にも、生活保護の申請件数が激増していることをトップニュースに掲載していたようだ。
フジテレビの小倉さんは、その話題を取り上げていて、生活保護世帯は全国で160万世帯。国が3/4を負担していて、年間の保護費は数兆円(兆円というのは国家予算のレベルです)
こないだ、市の福祉の担当者に話を訊いた所、おじさんは家賃(上限4万円ぎりぎり)病院治療費のすべて、そして、生活保護費が支給されるらしい。国が3/4を負担していたんだね。大変な出費だ。税収は減る一方で、つまらないことに使わないでもらいたい、と思っていたけど、こういう福祉と呼ばれるものに論議もしないで流れていくんだ。
経費節減でパートの人件費は削っても職員は守られているし、役員が会議費や雑費などにしてばんばん使う飲食代金は会計報告ではそんな科目に化けてしまう。。。
土曜出勤していたら、1時間ほどひとりきりになった。パートがひとりで本部にいるのである。
本部の誇りもない。。。

おじさんは病弱で統合失調症(昔の精神分裂)だったし、大した仕事もできず失業して家賃滞納したアパートを逃げ出し、あの場所に流れ着いたそうだ。家を出て間もない頃に申請したら、50代だから就職活動をするように言われたそうだ。
それであきらめて7年が流れた。ぼろぼろになった車はもはや売れない。
何でも売れると思っているおじさんは、そんなところからきている。
空き缶を集めてお金に換えたり、銅線を集めて売ったり、ごみの中から売れそうなものを拾ってきて売った。数百円と月に一度の市からのお米の支給で生き延びてきたと言う。売れそうもない古いヘルメットが置いてあったっけ。
申請が受理されても、就職をしてもらうよう自立を促すことにもなっているらしい。
しかし、そんな指導をしている余裕がないのが現実じゃないだろうか。
え?あんな人が?というケースもままあるようだ。
猫達は、そんなおじさんを頼ってあの廃車にえさを求めてやってきた。

いたずらをされたり、嫌がらせも受けたし、あの暮らしにはそれなりの覚悟があったと言っていた。

廃車にはナンバープレートが付いている。どうしてかと訊くと、付けておかないと所有者がいないということで火をつけられたり叩き壊されると言う。

確かに、海のそばで暮らしていると、消防車がよく来ている。

火遊び、いたずら、、、海はみんなのものだけど、ごみを捨てたり、子猫を遺棄したり、やりたい放題である。

よく友人に、”ホームレスの人によく声が掛けられたね。”と言われる。

私だって最初は怖かった。
どんな人かもわからない。
路上生活者だし。

だけど、猫がおじさんを頼っていることを知って(2007年の秋頃だったろうか)恐る恐るだけど、挨拶からはじめた。はじめはお辞儀だけ。マットを引っ張って通り過ぎた。
こんなことが2~3ヶ月続いた。そして、ちびしまが追い出されてから、声を掛けてみた。
猫の相関関係から。猫社会も複雑で理解するまでに、何度も質問。

それからは、ブログに書いたとおりだ。

猫はおじさんを頼って、子猫を連れてやってきた。
はじめてきたのが、ちびしまのお母さん ちいこ 。
ちいこはうちのそばのHさんのウッドデッキにいつも座っていた猫ちゃんだと思う。
Hさんが、”子供たちが、外の猫さんにもごはんを上げてっていうんだけど、困るー。”と言っていたのがちいこさんだったようだ。

ちいこさんはクロちゃんとちー坊兄弟を産み、クロちゃんはトラちゃん兄弟を産み、次にちいこさんが子猫を5匹産んでおじさんのところに助けを求めたところに、reiさんが声を掛けてくれて、えさの支援をしてくれていた。その5匹の最後に残ってクロちゃんに追い出されて、水門近くに移り住んでいたのが、うちのちびしまだ。
私がちびとしまを保護します、と決意するまで3ヶ月あまり。保護してうちの子になり、しばらくしてから、大元のお母さんちいこさんの避妊とクロちゃんの避妊をreiさんがしてくれた。クロちゃんの二度目の子供達は全員望まれて引き取られていきました。

おじさんは、僅かばかりのお金から猫の食べ物を買っていて、カマンベール入りのチーズが好きだったからと、保護の時にも持ってきてくれた。
チーズはおじさんの手の汚れを吸い取って真っ黒だった。しまー!とおじさんが近付いたが、しまじろうは警戒して食べなかった。
一日保護が遅れたけれど、二匹は無事に我が家の家族として迎え入れることができました。

おじさんは、ちびしまを保護しようと思う、と相談したら、
そうしてもらえると一番嬉しい。と言ってくれました。
その頃から、おじさんとは色んな話をしました。
マットが一緒だから抱っこしたりの立ち話は腕が疲れたけれど。。。。

おじさんと話をしているうちに、このままここには暮らせないだろうと思うようになりました。つぎはぎだらけで雨漏りするし、ごみを積み上げてあって、道行く人にも白い目で見られていました。
残される猫のことは心配だったけど、今のところ約束どおり、ご飯を上げにきてくれている。

おじさんの申請が受理され、その直後、リーマンショックや不況の大波が打ち寄せてきた。
おじさんは生活保護を受けているけれど、7年間もの間、あの小さな車で路上生活をしてきました。
意地を張っているのかと思ったけれど、簡単に生活保護を受けられると思われては困ります。
日本の国はひとりあたり700万円の借金を抱えていると言われています。
医療制度も崩壊寸前じゃないかと危惧しています。


子供の頃から、勉強をして学校を出て、常識ある社会人として自立しなければいかないと当たり前のように思ってきました。
二十歳になれば、学生だろうと何だろうと、国民年金を払え、と強制されます。
一年毎に学生減免制度の申請が必要で、社会人になったなら、支払うように決められています。

この年金も、実は生活保護給付金よりも少ないようです。
払わなければもらえなくなる、という脅し?は通用しません。
簡単に生活保護に頼る人が増えてしまったら、年金制度も崩壊です。
納税の義務は、一番厳しいのです。
払わなければ、資産を洗いざらい持っていかれます。強制力は一番です。

結局、人としての誇りだけが、制度や秩序やみんなの国家を守っていくのではないでしょうか。恥知らずという言葉も消えつつある日本人ですが、自分に恥じないという日本人独特の美学はどこへ。

おじさんには兄弟もいますし、兄弟は立派に暮らしていて、母親の面倒を見ていると言っていました。

おじさんには、つつましくも立派に暮らしてもらって、社会になにかしらの奉仕をしてもらい、その弟さんにおじさんを親族として認めてもらえたらいいなと願っています。

どんな命も尊いのです。

ごみだらけになったおじさんのアパートにはショックでした。
でも、そこに導くお手伝いをさせてもらった私には責任があります。
おじさんには、野良猫の現実や、社会の矛盾の話などしてきました。
朝起きたら、顔を洗って、歯を磨いて(入れ歯だけど)、ご飯を食べて、洗濯をして、掃除をして、猫ちゃんのえさやりに出かける。
そんな人の暮らしを忘れたか。。。

おじさんはこないだ片付けてね、と言ったこの車の後ろ側を片付けてありました。

こんど晴れたら、おじさんに伝えよう。

おじさんには人の誇りがあると思ったから、手を差し伸べたんだと。

いつだったか、自分に恥じないように生きると言っていたおじさん。
MEYさんにはがっかりさせないようにがんばるとも言っていたおじさん。

おじさんには、がんばってもらいたいです。

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今朝の朝刊には、懐かしい名前が。
中学一年の国語を教えてくれた 尾藤哲夫先生が、中学の校長先生として退職の日を迎えられるということでした。

尾藤っちょって呼んでいた若い国語の先生は、30数年経った今も、相変わらずのめがね姿でした。
私は国語が一番好きでした。
漢字の書き取りノートに、詩を書いて提出しました。すると、先生も同じように書いてくれました。
『忘れな草を貴方に』 って菅原洋一の歌の歌詞、書いてくれたことがありましたね。
貴方 を あなた と読むのだとそのとき知りました。国語をもっと勉強したくなりました。
私の中学一年の大切な思い出です。

尾藤先生、お疲れ様でした。私を素晴らしい日本語の世界に導いてくださったこと、感謝しております。
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by chibi_mat | 2009-03-03 20:08 | MEYの日記


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