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カテゴリ:虹の橋( 14 )


2013年 12月 09日

すみちゃん、虹の橋へ

2009年3月5日に出会った海岸沿いの松林でころころとお腹を見せてくれた黒猫すみちゃん。

昨日の今頃、すみちゃんは苦しそうに最後の力を振り絞っていました。

亡くなるその日まで、カーテンレールに飛び乗った健気なすみちゃんでした。

私のことが大好きで、輸液も嫌がらずにむしろスキンシップの時間として、喜んでキャリーに入ってくれて、大人しくさせてくれて、輸液の20分間を甘えてくれました。

もともと少食でご飯には苦労したけれど、おでこをごっつんすると喜んで食べたり、グルーミングをするとまた食べたり、触っていればよろこんで食べてくれました。

サンルームから台所に立つ私を見ていたね。

日曜日の昨日は、いよいよ危ないと感じたので、Mさんに連絡をしたら会いに来てくれました。

優しい声で、すみちゃん、と声を掛けて撫でてくれました。

すみちゃんはきっとわかったと思います。

6年間を海岸猫として苦労したけれど、私を気に入ってくれてなついてくれて可愛い子でした。

朝、猫の病院に挨拶にいき、可愛い棺をいただいてきました。


お世話になった先生からは、

通常2年と言われていますから、3年間というのはよくがんばったと思います。
すみちゃんはしあわせでしたね。

こらえていた涙が溢れました。

優しい先生は、私達に希望を与えるために、

すみちゃんは早くわかりましたから、ケアすれば3年から4年は生きられますよと、おっしゃいました。

3年はがんばろうと心に決めて闘病しました。

今頃は、はちとだいちゃんと会えたかな。

Mさんも綺麗なお花を棺に入れてくれて、すみちゃんを一緒に送ってくれました。
何だかとってもさびしくて泣けてきます。

すみちゃん、ありがとう。

可愛いごっつんこ忘れないよ。

すみちゃん、推定10歳。
2013年12月8日23時53分、永眠。


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by chibi_mat | 2013-12-09 23:11 | 虹の橋
2013年 11月 04日

さくらパパ、天国へ

諸事情あり、4ヶ月も更新を怠ってしまいました。
ご心配おかけしてしまったら、ごめんなさい。

我が家は6月にまた猫を保護して、家族が増えました。
色々考えることがあり、日記はお休みしていました。

マットの預かりパパさんがお亡くなりになったことも、さきほど知りました。
ヤマトママさん、ごめんなさい。

このところ、忙しいのもあり、更年期障害なのか文字が読み辛く、パソコンもゆっくりできません。

マットと空ちゃんは同じ多頭飼育の家からレスキューされました。
マットは、100頭ほどいた茨城の家の家主が、ちばわん代表の説得で差出した子犬のうちの一頭でした。

ふた回りほど大きい寂しい目をした子犬がみるみる元気になり、ケージから出て生き生きしていく様子に引き込まれ、預かり日記を見るのが日課でした。
3ヶ月考えて、里親希望を申し込みました。

気難しいちびが受け入れるのかどうかが心配でしたが、私のささやかなホームページを見てくださり、お見合いなしで迎えることになりました。
9年前のクリスマスが近づいた頃、マットが我が家にやってきました。

それから僅か2年半後に、ちびとの永遠の別れがきました。
翌日、さくらママさんの訃報が届きました。

一度しか会ったことのない方の訃報があれほど悲しかったことはありません。

パパさんは、それからお一人で空ちゃんと暮らしてこられたのですね。

一度きりの八王子での再会、マットに声を掛けてくださいました。
うれしかったです。

天国の空パパさん、ラーパパさん、ありがとうございました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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by chibi_mat | 2013-11-04 23:25 | 虹の橋
2013年 02月 13日

はちとの思い出

はちを虹の橋へ笑顔で送るはずでした。

つらいつらい。。。

さびしくてさびしくて。。。

ちびの時は突然、悔いばかりが残った。

すみれの時は、尿毒症の初心者で、亡くなるその日まで病院に通った。

すみれを送って、その僅か3ヵ月後にすみちゃんが慢性腎不全だと分かり、皮下輸液の日々が始まった。

一年間欠かさず輸液して、特別療法食を工夫して与えて、一時は800グラム太らせることもできた。

一年後の去年の春、はちの食欲が落ちて、慢性腎不全 末期ではない と診断された。

私の世話が大好きな妹のすみちゃんとは大違いのはちは、皮下輸液を嫌がって、どうしても輸液させない日があり、苦労したけど、やっぱり悪化が進んでしまいました。

夏を過ぎる頃には、段々と痩せてしまって、秋にはついに末期になっていたと思う。

先生は、すみれを看取った私に配慮してか、末期です とは一度もおっしゃいませんでした。

12月23日に、カリウムの値が高いから、今日にも心臓が止まるかもしれないと言われました。

11月からは貧血の治療のために、骨髄を刺激して造血させる注射を8回打ちました。

はちは咬むことを覚え、はちを押さえていた私の手からかなりの出血をしていまい、先生を驚かせてしまうこともありました。

また、年始には先生の指を咬み、ケガを負わせてしまいました。

そんなときにも、猫には常に優しく接してくださった石黒先生。
先生のお陰で、はちは6年の野良生活から、愛される家庭猫になることができました。

家族にたくさんの笑顔を運んでくれました。

はちは何度も発病して、私を驚かせて、そしてお世話させてくれました。

はちの治療期間は11ヶ月。

最期は看るのもつらいほど痩せて顔も変わってしまって。

けど、私はあきらめなかった。

はちのことが大好きで、可愛くて、愛していたから。

悲しいことに、ちびとすみれを看取った経験から、命が消えかかっていることはわかりました。

5月の金環食、楽しい思い出だね。

はちのいない日常が、日常に変わるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだよ。


こんなに悲しいとは思わなかった。

はちの遺骨は、仲間がみんな眠っているところに入ることになりました。

はちの棺を預けて帰ってきたら、やっぱり寂しさに耐え切れずに迎えに行きたくなりました。

けど、係りの人の 野良猫も飼い猫も犬もみんな同じように分け隔てなく扱いますから。

その言葉は、動物愛護の精神そのものだったので、はちは命いっぱいに生きて、立派な往生だったと思います。

まだまだ泣けて泣けてしまうけれど、泣いてばかりいると迷子になってしまうから、虹の橋の仲間のところへ、まっすぐに上っていけますように。

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ニキママさんがお花とお手紙をくださいました。
ありがとうございました。

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花の好きなトリトンがカルメンをしてしまったので、夕方からお花の小さなブーケになってしまいました。
茎がなければ咥えて遊ぶこともないようです。

マットの散歩でまたお会いできるのを楽しみにしています。MEY
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by chibi_mat | 2013-02-13 23:32 | 虹の橋
2013年 02月 11日

はち、虹の橋へ

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はち、亡くなりました。
苦しそうになってからは、楽にしてやりたいと、それだけでした。
よくがんばったので、悔いはありません。
明日、病院に挨拶に行ってから、可愛い棺に眠らせて、火葬を連れて行きます。
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by chibi_mat | 2013-02-11 22:37 | 虹の橋
2011年 10月 12日

すみれ、一周忌❁

すみれが虹の橋を渡ってから一年が経ちました。

1月から毎日すみちゃんの皮下輸液をしている納戸は、すみれのおうちがあった部屋です。

一年半しかお世話してあげられなかったけれど、すみれを思うと涙が出てきます。

健気な様子が思い出され、お別れはいつでも辛く、そして、思い出すとき、胸がきゅんとなります。

昨日は休みを取ってありました。

午前中に片付けをしてから、peaceという映画を観に行きました。

Mさんが、たくさんの爪とぎを届けてくれて、

すみれちゃんの命日だねと言って、ガーデンシクラメンを買ってきてくれました。

台風で庭の宿根草は全滅でしたので、お墓のまわりが寂しくなってしまって。

ブチャ君のお世話で庭に出ることもなくなったので、ちびとすみれは寂しがっているかもしれません。

とてもきれいなアクセントになって、お墓のまわりが明るくなりました。

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シクラメンを植えた後、小さな劇場でピースを観てから、また色んな思いが次々と込み上げてくるのでした。

我が家の犬猫13匹は、うまく暮らしてくれて、本当にありがたいと思います。

マットも元気です。

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by chibi_mat | 2011-10-12 00:40 | 虹の橋
2011年 06月 12日

ダイちゃん、虹の橋へ

2009年3月5日 マットの散歩で出かけた先で出会った猫たち。
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体のあちらこちらに傷があって痛々しかった猫さん。
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どうしても忘れられなくて10日後にまた行ってしまった。

同じ頃、すみれが近くのアパートに瀕死の状態で現れて、保護してケアして我が家にやってきた4月。

私がアルバムにUPしたのを見た優しいMさんがご飯を持って通うようになったと聞いて、私も同行することにした5月。
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昨日の朝、ダイちゃんは虹の橋を渡りましたとメールが届きました。

不思議なことに、その2日前に、渡しそびれていた猫寺のお守りを届けなきゃと、ダイちゃんに会うことができたし、いつもは枕元に置かない携帯電話に朝の6時半にメールでダイちゃんが虹の橋を渡ったと。

ダイちゃんは、はちとすみのお父さんだと思われ、平均寿命が2~3年と言う野良猫の中にあり、10回以上の冬を越している最後の生き残りだったと思われ、あの場所からみんなを連れ帰って世話をしている私にとっても、込み上げるものがありました。

すみれと同じ箱に安置されたダイちゃんは、苦しんだ様子もなく、眠っているようです。

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我が家の庭から摘んでいったアナベルやホタルブクロを手向けさせてもらって、冷たくなったダイちゃんを撫でてあげました。

ご飯を持っていくと、喜んで跳んできたダイちゃん。

ダイちゃん と呼ぶMさんの優しい声が聞こえます。

今日は午前10時にご主人の運転で斎場に同伴させてもらいました。

ダイちゃんが生まれ育った場所に立ち寄り、お別れをしました。

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ダイちゃんはいつも傷を負ってみんなを守っていたと聞いたし、随分と苦労して生き延びてきたそうです。

急に家に連れ帰ることになったのに、家猫として自由にさせてくれたMさん。

とても正直な人で、一緒に活動をしていた9ヶ月間、心強かったし楽しかったです。

ダイちゃんは今日の夕方荼毘に付され、明日には動物慰霊碑の共同墓地に安置されるそうです。

7日の月曜日には外猫でお世話していたタロちゃんを送り、今日はダイちゃんを送ったMさん。

本当にありがとうございました。

ご飯を食べなかったすみちゃんもご飯を食べるようになりましたよ。

ダイちゃん、これからも仲間たちを見守ってくださいね。
苦労の連続の中、最後は人の愛の中で生きる喜びを感じられて良かったね。
私たちを癒してくれてありがとう。
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by chibi_mat | 2011-06-12 23:00 | 虹の橋
2010年 10月 14日

命いっぱいに生きたね

ちびの時と同じように、すみれを看取ることができた私。

ひとりぼっちで死なせるわけにはいかないと思ったし、すみれを可哀想だからという理由だけで引き取ったわけではないのです。

すみれにはほかの猫にはない魅力がありました。

辛い病院での治療や点滴も、一度とて嫌がって困らせたこともないし、小さな窓しかない納戸のおうちでも、いつもシッポを振って喜びを表現してくれました。

すみれの小さな遺骨をMさんと共に骨壷へと骨上げをしました。
すみれの体には驚くほどの薬と思われる成分が焼け残っていました。

最期の2日間はほとんど横たわったままで、亡くなる数時間前からは、血の気のない白い舌を出したまま苦しそうにしていました。

すみれは好きだった食べ物も食べられなくなってしまったし、気持ちが悪い状態がずっと続いていたと思われました。

その苦しみから解放されたのだから、すみれ、お疲れ様。共に過ごした時間にありがとう。と思いながらも、死んでしまったと思うと、悲しくて一人になると泣けてきます。

ちびのときもそうでした。

たくさんの家族がいるけれど、一頭一頭がかけがえのない家族であり、尊い存在です。

すみれの毛色は三毛ですが、背中がさび模様になっていて、足の先が白足袋。お腹のところにも白い毛があったり、鼻の横にちゃとらのぶちがあったりと、一見不細工に見えますが、大きな目に愛嬌のある鳴き声、ジャパニーズボブテイルでわんこのようにしっぽを振って喜びを表現しました。



私は本当にすみれが可愛くてたまらなかったし、ご飯を食べてくれると嬉しくて嬉しくてすぐに切らさないようにと箱単位でストックしたのです。



貧血が進み、食欲もなくなり、腎臓も限界まで悪化して、覚悟をしてください、と言われていました。

すみれががんばりを見せたよ。

療法食を食べてくれた時には、必ずそうして息子たちへと報告しました。

アパートの片隅で、涙と鼻水で汚れてがりがりに痩せたすみれ。

助けて、と声が聞こえたんだよ。

始めは、どうなることかと思ったけれど、保護してすみれを知ったら、家族として迎え入れることが自然にできたんだね。

だって、本当に健気で可愛かったから。

白血病になっても3年か5年は生きられると思ったんだよ。

まだまだ勉強不足だったね。



すみれ、幸せだったかい。



おかあちゃんは、すみれのことが大好きで、一緒にいて楽しかったよ。

病院へと通った道。

棺を取りにひとりで車を運転していたら、涙で視界が曇ってしまったよ。

命尽きたその日も、やっぱり、すみれにご飯を食べさせたくて、ドラッグストアに立ち寄ったね。
いつも大人しく車で待っていてくれたけれど、声を出す元気もなかったんだね。

ごめんね。
辛い治療させてごめんね。
いっぱいいっぱいお注射したし、何度も血液取ったし、皮下輸液も。。。。

ネフガードを飲み込めなくて、もがいたね。

錠剤も上手に吐き出しちゃったね。



これでよかったと思わなければいけないのだけれど、今しばらくはすみれを失った悲しみの方が大きくて、ひとりでいるとめそめそしちゃうよ。



写真選びは難しかったけれど、おにいちゃんが、可愛いって褒めてくれたからね。

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by chibi_mat | 2010-10-14 22:43 | 虹の橋
2010年 10月 13日

すみれとお別れ

体の中に染み付いたすみれとの時間。

すみれは隔離していたので、朝はまず、すみれに朝の挨拶と健康チェックでスタート。

昨夜は床に就いたものの眠れず、起きて亡骸のすみれを撫でて過ごした。

今日は火葬するすみれを最後にお花で飾り、食事用にと買ってあったよだれ掛けをかけてあげた。

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Mさんも来てくれて、吉田町に向けて出発。

焼津を通るのは気が重い。
道路工事が多くて、間違えることが度々あったから。

なんとも怪しい運転だったが、間違えずに到着。
3年半前にタイムトリップしたみたい。

受付票に住所と名前を書いて、

すみれ 猫 雌 13歳 とした。

すみれを保護したのが2009年4月18日。
一年半を共に家族として過ごしました。

火葬の前の最後のお別れ。

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すみれは小さなお骨になって、入ることを許されなかったリビングに帰ってきました。

Mさんに同行してもらってよかった。

トンネルでライトを点けていたことを忘れ、バッテリー上がりという失敗。
アルフのおじさんがブースターケーブルで救済してくれました。

3年半もちびのお骨をリビングに安置してあるのは好くないなど、色々と話をしてくれて、泣かずに吉田町を後にしました。

Mさんがちい坊達に会いに立ち寄ってくれて、帰った後に、またどうしようもなく、寂しい気持ちになる。

気が抜けてしまったようだし、なんとも寂しくて、現実を受け入れがたい状態が続いている。

犬猫は、共に暮らした飼い主に恩義を感じているから、長い間悲しんだり埋葬せずにいると、あの世にまっすぐに旅立てないのだそうです。

年内には庭に ちびとすみれのお墓を作るつもりです。

骨壷はその場で割って、骨壷のカバーは燃やしてくださいと言われました。

長い間、ちびには心配掛けちゃったのだろうか。

お母ちゃん、だらしないなあ、また泣いてるよ、などと思われただろうか。



出会いから1年半。
白血病キャリアだからと、納戸でのひとりぼっちの生活を喜んで受け入れてくれた。

暑い夏も、扇風機とアイスノンだけで、二度も乗り越えたね。

冬は、箱の中で毛布にもぐって寝ていたし、名前を呼ぶと、可愛いお顔が毛布から現れて笑わせてくれたね。

最期の1ヶ月、ご飯が食べられなかったのは、再生不良性貧血で、相当つらく、気持ち悪かったんだね。

一緒に過ごした時間の長さじゃない、時間の濃さだって、江原さんが言ってたもんね。

すみれのご飯のことばかり考えていたので、

あ、すみれにご飯あげなきゃ。

あ、このご飯、すみれが食べるかも。

などと癖のように染み付いちゃってます。



すみれはたくさんの天使がお迎えに来て、まっすぐに虹の橋を渡っていけるように、

そして、猫が苦手だったちびとも、仲良く私たちを待っていてくれるように、

埋葬するまでの間、仲良く並んでもらうことにしました。

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すみれは遠慮がちだし、ちびを一番にしてあげないとうまくいかないからね。

どうか仲良くおかあちゃんがそちらに行くのを待っていてね。
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by chibi_mat | 2010-10-13 23:53 | 虹の橋
2010年 10月 12日

すみれ、虹の橋へ

すみれちゃん。

すみれ。

すーちゃん。

いつも喜んでシッポをくるくる動かしてくれたすみれ。

小さなお手手でご飯を嫌がったすみれ。

2010年10月12日16時35分永眠。



今朝は体が冷たくなっているすみれに驚き、思わず息をしているかを確かめました。

貧血が進んで白くなった舌を出して横たわったままです。

体重3.04キロ。

昨夜は体重が3.14キロあり、貧血への配慮から皮下輸液を見合わせたので、今朝はこのままでは持たないと判断して160cc皮下輸液をしました。

朝9時にa/dとお水をシリンジに何とか2本食べさせて暫くしてから病院へ。

出掛けに少し吐いた為、吐き気止めなど注射を3本打っていただき、先生と輸液などの相談をして帰る。

余りにもぐったりした力のない目に、今日でお別れになるかもしれないから仕事を休ませていただくことにした。
快くOさんが延長でカバーしてくれることになり、すみれに付き添って撫でたり添い寝して過ごした。
午後3時、シリンジに入れた水が口からこぼれる。
顔を上げることもできないので、病院に電話。

今日一日持たないかもしれません。


非番の次男が出かけるからとすみれに会いにきた。

すみれは体を起こして、大きな目で話しかけた息子に視線を送った。
眠ってばかりのすみれだったので、携帯で写真を撮った。
バイクで出かける音がした。

そして、Mさんにメールを送る。

生きているうちに会いにきてやってください。

すみれの体を拭いてあげようと準備して戻ると、すみれが床の上で横たわっていた。

すみれを抱きかかえてケージのベッドに戻そうとすると、
聞いた事もないような声で3回鳴いた。
そして、嘔吐しそうになったが吐けずに3回。
背中をさすって、抱きかかえる。
失禁していた。
目が死んでいた。

ちびの時と同じだ。

すみれが死んでしまう。

すみれの名前を呼んで体を抱きしめてさすった。

タオルを噛んだまま息絶えそうになったので、タオルを外してやると、呼吸が止まった。

目と口をふさいであげて寝かせて体を撫でてあげた。

まもなくMさんからメール。

急いで駆けつけてくれた。

亡くなった10分後に病院へ電話をして、すみれが亡くなったことを報告する。

点滴や食事のお世話のことで随分とお世話になった病院のスタッフさんが、

MEYさんもがんばりましたね。
すみれちゃんは幸せだったと思いますよ。

と優しい言葉を掛けてくれた。

Mさんがすみれに会いにきてくれて、まもなく次男が帰ってきた。

二人とも目に涙。

私はずっと朝から泣き通しだ。

どうしてこんなに泣けるんだろう。

すみれと出会ってからの1年半をくるくると思い出し、すみれと通った病院の診療明細書は61枚ありました。

思い出は涙と一緒に溢れ出てくる。

すみれは穏やかな顔をして病院で用意してくれた棺で眠っています。

明日、ちびを火葬していただいた吉田町のペット葬儀場へと、Mさんが同行してくれることになりました。


すみれ、可愛かったすみれ。

亡くなる直前までシッポをくるくるしてくれたすみれ。

たくさんの思い出をありがとう。

本当にがんばったね。

そして、すみれは我が家の大切な家族だったよ。
次はまっすぐに私のところにおいでね。

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by chibi_mat | 2010-10-12 11:59 | 虹の橋
2010年 05月 13日

亡くなった日とその後の経過報告

今日はちびが亡くなった日でした。
人間で言う祥月命日です。

ちびが静大から家にやってきて、犬を飼う予定のなかった私はウッドデッキにちびのお家を設けました。
そのウッドデッキは3月で撤去しまして、ちびの仏前に飾れるようにと花の苗をたくさん植えてあります。

今年は苗を入れ替えたせいかバラのの開花が遅く、背丈もそう高くない苗にはたくさんのつぼみが付きました。

はちを保護して以来、ちびの仏前の前にははちのケージがデーンと置かれ、可哀想にちびのお線香を上げるのにも不自由な数ヶ月間でした。
思い切ってケージをテレビ横に移して、庭のバラで仏前を飾りました。

去年の八王子いぬ親会で使った写真立てをまいぱんママさんが送ってくださいました。ちびの写真とマットを我が家に送り出したときのさくらパパ・ママさんの写真も一緒に飾ってあります。
明日は、ママさんの祥月命日です。

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ちびを亡くしてまもなく出会ったのが家出中のちびすけとしまじろうの兄弟でした。

そのちびすけが家出中です。

実は日曜日の情報の通り、ちびすけは家のそばにいるようです。

月曜日の朝5時に猫の声がして駆けつけてみると、そこには何とちびすけが。
近所のちゃとらに威嚇されているところでした。

その場所は我が家の目と鼻の先。6時間粘りましたが、逃げられました。

その間、名前を呼んだり、好きな食べ物を置きましたが、近付くどころか悠然と狭い場所で毛繕いなどをしていました。

ちびすけは、我が家の置きえさを食べて、昼間はどこぞに隠れているようです。
捕獲器を仕掛けてありますが、廉価品を借りた為、中の食べ物だけが食べられてあり、そんなことが2日続いています。この間6回ほど失敗しました。杏さんに勧めていただいた捕獲器の半額ほどの小さなものなので踏み板が小さすぎて扉が閉まらないのです。
今日は作戦を練りました。

今日はどうしてもちびすけを保護したいと考えていました。

8時頃、いつのもように庭にご飯を食べに来るこのために置いたご飯を確認しました。
食べてありません。
昼から置いてあったご飯を食べたようです。

すると、サンルームの向こうからちびすけがやってきました。
ちびちゃん?優しく声を掛けましたが、出て来た方向へ逃げていきました。

その後、慌てて作戦を実行しましたが、くまちゃんと黒ちゃんが来て、中のささみだけを食べていきました。
やはり扉は閉まらず。
あ”-----!!!

今日も1時まで粘って入らなかったら一旦撤去します。
明日は病院の臨時休診日ですし、明日からの週末で保護したいと考えています。

そういうわけで忙しくはありますが、近くにいて家はわかっているようです。

ご心配をお掛けしていますが、ちびすけの姿を確認できていますのでそれほど心配はしていません。

ただ、あの捕獲器では、、、、うーん。。。。

ぼくちんは昼間臭いをつけておいた。

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by chibi_mat | 2010-05-13 23:44 | 虹の橋