わんにゃご2001 

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2010年 10月 30日

しあわせにしてくれてありがとう♪

すみれがいなくなった納戸の部屋をそのままにしておくのが辛く、膨大な量のふたりの息子のクローゼットスペースにしました。

ケージを片付けていたら、やっぱり涙が止まらなくて、それでも、アルフのおじさんから言われた言葉を思い出し、すみれとの思い出は胸に仕舞って、片づけを進めました。

翌々日からは二階の寝室で寝るようにしたし、リビングを占領していた次男の荷物も片付いて、すっきり。

すみれが亡くなる数日前に、今年になってから引っ越してきた新しいご近所さんに、

猫を家の外に出すのをやめて頂けないか。

と交渉して、決裂。

相手方は、ずっと前から猫は自由にさせて飼っているから、改めるつもりはない、と一歩も譲らず。

マットの散歩中のこともあり、10分ほど粘って説得を試みたが、だめだった。

その飼い主の言い分は、

猫は外で自由にさせている。

首輪をつけているから、野良猫とは区別できる。

避妊去勢については、もちろん行う。

猫なのだからよその家の敷地に入るのは普通のことだ。

交通事故に遭わせてしまったこともあるが、その子の寿命だから。

私は冷静に説得をしたが、聞き入れてはもらえなかった。
翌日、静岡市動物指導センター(愛護館)に電話で相談。
結論としては、猫に関する条例は、ようやく市議会で話し合われて動き出したところだということだった。
犬を持ち込む飼い主を熊本ばりに説得することもあるという。
ところが、指導センターに掛かってくる電話のほとんどは、苦情。
苦情の処理で、大事な愛護の仕事に支障をきたすほど。

公園でえさをやる人がいて困る。
野良猫を捕獲してくれ。あれやこれや。。。

悲しい気持ちで電話を切った。

身勝手な人が多いことは、半年以上通った海岸での経験でよく知っている。

犬の苦情が減った分だけ、猫への苦情が多いのだそうだ。

私は、交渉決裂のご近所さんが、

ああは言ったけれど、やっぱりあの人に言われたように、完全室内飼いにしよう。
と思ってくれることを願っていると担当職員に伝えました。

すみれを火葬して家に戻ったその日、あの子猫(生後半年ほどだろうか)が庭にいて、Mさんも目撃していました。

そのときはそのままにしましたが、そのまた一週間後に、庭のクマちゃんのご飯を、その子猫ちゃんが食べようとしていたので、抱っこして、飼い主宅へと連れて行く。

うちには保護できずにご飯を食べに来る猫がいるんですよ。
その子のご飯を食べにきているようで、この頃は夕方になるとうちに来ます。
Aさんのお宅にも入ってきたと聞きました。

飼い主宅のご主人は、
前回の時のような頑なな態度ではなく、迷惑を掛けていたことを素直に認めてくれて、
お前、そんな遠くまで行っていたのか?と抱きかかえて、
すいませんでした。
と頭を下げてくれました。

その子は里親として迎え入れた子だと言うし、ダークグレーの可愛い子です。

庭にくるグレーの猫は保護してやれない野良ちゃんですし、人馴れもしていないので、我が家のご飯を頼りにしています。
それに、外には危険もいっぱいだし、病気になっても可哀想ですものね。
どうか、よろしくお願いしますね。

と話して帰ってきた。

その日を最後に、ダークグレーのちび猫ちゃんを見ることはなくなった。
家で可愛がられているといいな。と日々、願っています。


猫の病院では、子猫がいつも里親さんとの出会いを待っています。
あちらこちらで生まれて、運良く保護された子だけが、生き延びるチャンスを貰います。
それでも、ずっと剥されずにいるポスターの子も多く、無責任な人に引き取られれば、予測できただろう状況の変化を理由に手放すことにもなりかねません。

すみれは家のすぐそばのアパートで、行き倒れ状態で出会いました。
とても人馴れしていたし、攻撃性もなく、歯石もたくさん付いていたことから、飼われていたと思われました。

すみれを火葬したその夜に、
トリトン・ルカーと一緒に保護した、私が保護して送り出した唯一の里子ちゃん、ピピちゃん(現モカちゃん)の里親さんのAさんが、ブログを見ましたと、温かいメッセージを送ってくださいました。

本当に素晴らしいご家族で、これ以上のご縁はないと思っています。

今までに頂いたメールは私の宝物であり、活動への励みにもなってきました。

いつも愛情いっぱいで可愛がられているモカちゃんの無邪気な様子が送られてきます。

送り出した里子ちゃんの幸せをいつも願っている、とよく話してくれたさくらママさん。

ママさんの気持ちが、今は痛いほどわかります。

そして、幸せ報告は何より嬉しいです。

マットさんは、昨日・今日と、生ごみを荒しまして、中に入っていただろう残飯のブリの焼いたのと
鳥の手羽元の骨を数本、食べてしまいました。

生ごみの入れ物も新しくしましょう。

すべて私が悪いのだわね。

健康で暮らしていることの幸せを日々味わっています。


それから、親友に乳ガンができ、月曜日に手術が行われました。
火曜日に顔を見て、話もできて安心しました。
枕元には猫の樹里ちゃんの写真が置いてありました。

猫には癒されるそうです。

すみれを亡くして2週間ですが、すみれの可愛かったところや、病院へ通った日々の思い出を、うるうるしながらも、微笑んで思い出す余裕がでてきました。

命いっぱい生きたもんね。

今、命いっぱい生きている君たちも、そして私たち人間の家族も、それぞれ健康で心豊かに生きていきましょうね。

里親のAさん、モカちゃんの幸せ報告をいつもありがとうございます。

モカちゃんをしあわせにしてくれてありがとう、といつも思っていますよ。

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それから、私が里親になったマットさん。
しあわせですか?
ごみ漁りをきつく叱ったのは、変な物を食べて病気になるといけないからだよ。
炎症性のできものはすっかり治りました。
白地にぶちのマトこゆコンビ、可愛いですねー。

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はっちゃんもすっかり元通りのちょっとおかしなおじさん猫に戻っています。
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by chibi_mat | 2010-10-30 22:12 | MEYの日記
2010年 10月 14日

命いっぱいに生きたね

ちびの時と同じように、すみれを看取ることができた私。

ひとりぼっちで死なせるわけにはいかないと思ったし、すみれを可哀想だからという理由だけで引き取ったわけではないのです。

すみれにはほかの猫にはない魅力がありました。

辛い病院での治療や点滴も、一度とて嫌がって困らせたこともないし、小さな窓しかない納戸のおうちでも、いつもシッポを振って喜びを表現してくれました。

すみれの小さな遺骨をMさんと共に骨壷へと骨上げをしました。
すみれの体には驚くほどの薬と思われる成分が焼け残っていました。

最期の2日間はほとんど横たわったままで、亡くなる数時間前からは、血の気のない白い舌を出したまま苦しそうにしていました。

すみれは好きだった食べ物も食べられなくなってしまったし、気持ちが悪い状態がずっと続いていたと思われました。

その苦しみから解放されたのだから、すみれ、お疲れ様。共に過ごした時間にありがとう。と思いながらも、死んでしまったと思うと、悲しくて一人になると泣けてきます。

ちびのときもそうでした。

たくさんの家族がいるけれど、一頭一頭がかけがえのない家族であり、尊い存在です。

すみれの毛色は三毛ですが、背中がさび模様になっていて、足の先が白足袋。お腹のところにも白い毛があったり、鼻の横にちゃとらのぶちがあったりと、一見不細工に見えますが、大きな目に愛嬌のある鳴き声、ジャパニーズボブテイルでわんこのようにしっぽを振って喜びを表現しました。



私は本当にすみれが可愛くてたまらなかったし、ご飯を食べてくれると嬉しくて嬉しくてすぐに切らさないようにと箱単位でストックしたのです。



貧血が進み、食欲もなくなり、腎臓も限界まで悪化して、覚悟をしてください、と言われていました。

すみれががんばりを見せたよ。

療法食を食べてくれた時には、必ずそうして息子たちへと報告しました。

アパートの片隅で、涙と鼻水で汚れてがりがりに痩せたすみれ。

助けて、と声が聞こえたんだよ。

始めは、どうなることかと思ったけれど、保護してすみれを知ったら、家族として迎え入れることが自然にできたんだね。

だって、本当に健気で可愛かったから。

白血病になっても3年か5年は生きられると思ったんだよ。

まだまだ勉強不足だったね。



すみれ、幸せだったかい。



おかあちゃんは、すみれのことが大好きで、一緒にいて楽しかったよ。

病院へと通った道。

棺を取りにひとりで車を運転していたら、涙で視界が曇ってしまったよ。

命尽きたその日も、やっぱり、すみれにご飯を食べさせたくて、ドラッグストアに立ち寄ったね。
いつも大人しく車で待っていてくれたけれど、声を出す元気もなかったんだね。

ごめんね。
辛い治療させてごめんね。
いっぱいいっぱいお注射したし、何度も血液取ったし、皮下輸液も。。。。

ネフガードを飲み込めなくて、もがいたね。

錠剤も上手に吐き出しちゃったね。



これでよかったと思わなければいけないのだけれど、今しばらくはすみれを失った悲しみの方が大きくて、ひとりでいるとめそめそしちゃうよ。



写真選びは難しかったけれど、おにいちゃんが、可愛いって褒めてくれたからね。

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by chibi_mat | 2010-10-14 22:43 | 虹の橋
2010年 10月 13日

すみれとお別れ

体の中に染み付いたすみれとの時間。

すみれは隔離していたので、朝はまず、すみれに朝の挨拶と健康チェックでスタート。

昨夜は床に就いたものの眠れず、起きて亡骸のすみれを撫でて過ごした。

今日は火葬するすみれを最後にお花で飾り、食事用にと買ってあったよだれ掛けをかけてあげた。

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Mさんも来てくれて、吉田町に向けて出発。

焼津を通るのは気が重い。
道路工事が多くて、間違えることが度々あったから。

なんとも怪しい運転だったが、間違えずに到着。
3年半前にタイムトリップしたみたい。

受付票に住所と名前を書いて、

すみれ 猫 雌 13歳 とした。

すみれを保護したのが2009年4月18日。
一年半を共に家族として過ごしました。

火葬の前の最後のお別れ。

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すみれは小さなお骨になって、入ることを許されなかったリビングに帰ってきました。

Mさんに同行してもらってよかった。

トンネルでライトを点けていたことを忘れ、バッテリー上がりという失敗。
アルフのおじさんがブースターケーブルで救済してくれました。

3年半もちびのお骨をリビングに安置してあるのは好くないなど、色々と話をしてくれて、泣かずに吉田町を後にしました。

Mさんがちい坊達に会いに立ち寄ってくれて、帰った後に、またどうしようもなく、寂しい気持ちになる。

気が抜けてしまったようだし、なんとも寂しくて、現実を受け入れがたい状態が続いている。

犬猫は、共に暮らした飼い主に恩義を感じているから、長い間悲しんだり埋葬せずにいると、あの世にまっすぐに旅立てないのだそうです。

年内には庭に ちびとすみれのお墓を作るつもりです。

骨壷はその場で割って、骨壷のカバーは燃やしてくださいと言われました。

長い間、ちびには心配掛けちゃったのだろうか。

お母ちゃん、だらしないなあ、また泣いてるよ、などと思われただろうか。



出会いから1年半。
白血病キャリアだからと、納戸でのひとりぼっちの生活を喜んで受け入れてくれた。

暑い夏も、扇風機とアイスノンだけで、二度も乗り越えたね。

冬は、箱の中で毛布にもぐって寝ていたし、名前を呼ぶと、可愛いお顔が毛布から現れて笑わせてくれたね。

最期の1ヶ月、ご飯が食べられなかったのは、再生不良性貧血で、相当つらく、気持ち悪かったんだね。

一緒に過ごした時間の長さじゃない、時間の濃さだって、江原さんが言ってたもんね。

すみれのご飯のことばかり考えていたので、

あ、すみれにご飯あげなきゃ。

あ、このご飯、すみれが食べるかも。

などと癖のように染み付いちゃってます。



すみれはたくさんの天使がお迎えに来て、まっすぐに虹の橋を渡っていけるように、

そして、猫が苦手だったちびとも、仲良く私たちを待っていてくれるように、

埋葬するまでの間、仲良く並んでもらうことにしました。

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すみれは遠慮がちだし、ちびを一番にしてあげないとうまくいかないからね。

どうか仲良くおかあちゃんがそちらに行くのを待っていてね。
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by chibi_mat | 2010-10-13 23:53 | 虹の橋
2010年 10月 12日

すみれ、虹の橋へ

すみれちゃん。

すみれ。

すーちゃん。

いつも喜んでシッポをくるくる動かしてくれたすみれ。

小さなお手手でご飯を嫌がったすみれ。

2010年10月12日16時35分永眠。



今朝は体が冷たくなっているすみれに驚き、思わず息をしているかを確かめました。

貧血が進んで白くなった舌を出して横たわったままです。

体重3.04キロ。

昨夜は体重が3.14キロあり、貧血への配慮から皮下輸液を見合わせたので、今朝はこのままでは持たないと判断して160cc皮下輸液をしました。

朝9時にa/dとお水をシリンジに何とか2本食べさせて暫くしてから病院へ。

出掛けに少し吐いた為、吐き気止めなど注射を3本打っていただき、先生と輸液などの相談をして帰る。

余りにもぐったりした力のない目に、今日でお別れになるかもしれないから仕事を休ませていただくことにした。
快くOさんが延長でカバーしてくれることになり、すみれに付き添って撫でたり添い寝して過ごした。
午後3時、シリンジに入れた水が口からこぼれる。
顔を上げることもできないので、病院に電話。

今日一日持たないかもしれません。


非番の次男が出かけるからとすみれに会いにきた。

すみれは体を起こして、大きな目で話しかけた息子に視線を送った。
眠ってばかりのすみれだったので、携帯で写真を撮った。
バイクで出かける音がした。

そして、Mさんにメールを送る。

生きているうちに会いにきてやってください。

すみれの体を拭いてあげようと準備して戻ると、すみれが床の上で横たわっていた。

すみれを抱きかかえてケージのベッドに戻そうとすると、
聞いた事もないような声で3回鳴いた。
そして、嘔吐しそうになったが吐けずに3回。
背中をさすって、抱きかかえる。
失禁していた。
目が死んでいた。

ちびの時と同じだ。

すみれが死んでしまう。

すみれの名前を呼んで体を抱きしめてさすった。

タオルを噛んだまま息絶えそうになったので、タオルを外してやると、呼吸が止まった。

目と口をふさいであげて寝かせて体を撫でてあげた。

まもなくMさんからメール。

急いで駆けつけてくれた。

亡くなった10分後に病院へ電話をして、すみれが亡くなったことを報告する。

点滴や食事のお世話のことで随分とお世話になった病院のスタッフさんが、

MEYさんもがんばりましたね。
すみれちゃんは幸せだったと思いますよ。

と優しい言葉を掛けてくれた。

Mさんがすみれに会いにきてくれて、まもなく次男が帰ってきた。

二人とも目に涙。

私はずっと朝から泣き通しだ。

どうしてこんなに泣けるんだろう。

すみれと出会ってからの1年半をくるくると思い出し、すみれと通った病院の診療明細書は61枚ありました。

思い出は涙と一緒に溢れ出てくる。

すみれは穏やかな顔をして病院で用意してくれた棺で眠っています。

明日、ちびを火葬していただいた吉田町のペット葬儀場へと、Mさんが同行してくれることになりました。


すみれ、可愛かったすみれ。

亡くなる直前までシッポをくるくるしてくれたすみれ。

たくさんの思い出をありがとう。

本当にがんばったね。

そして、すみれは我が家の大切な家族だったよ。
次はまっすぐに私のところにおいでね。

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by chibi_mat | 2010-10-12 11:59 | 虹の橋
2010年 10月 12日

少しだけ改善

すみれは血液検査の結果、手当ての効果が少し現れていて、数値が改善していました。
しかし、大量の皮下輸液をしていることもあり、貧血が改善できていません。

a/d缶ときのこジュースを入れた物を温めてシリンジに2本 15cc位かな
これを3時間おきに与える

今のところ吐いてはいないので、がんばって食べさせる。

シリンジに入れた流動食を人差し指につけて、上あごにつけます。
舌の上だと出してしまうけれど、ここだとなんとか飲み込んでくれることがわかった。

食べさせる工夫は無駄ではなかったようです。

すみれはキャリーに入れた途端におしっこをしました。

食事の後はトイレに載せてあげると シー とおしっこをします。

うんちはここ3日間出ていません。



それで、水素水を上げてみようと思い、あれこれ検索して検討した結果、ナノレベルで高濃度水素水がタイムセールになっていることを知り、40本注文。10本おまけだって。

明後日の到着だけど、なんとか口から水分を摂取できないものかと思い、腎不全にとって、水が命をささえる透析代わりなんだと改めて思う。

すみれはがんばってる。

すみれの介護は私の今いちばん大切な時間なのです。

命がそう長くないことは受け入れがたいけれど、精一杯お世話したいし、家族として一緒にいたいと思います。

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皮下輸液の習いたての頃、この写真を使って、マニュアルを作りました。

大量の療法食も介護食も多分のこってしまうと思う。

Kayoさんや杏さんに相談して、千葉わんで使っていただこうと思っています。
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by chibi_mat | 2010-10-12 00:34 | すみれ
2010年 10月 11日

尿毒症 

すみれは腎不全の末期になってしまいました。

ずっと、病院との連絡を取りながら、腎不全という治療方法のない病と闘ってきました。

4日前、鼻血が止まらなくなり、翌朝病院で止血剤を処方していただきました。

副作用があるかもしれない、と言われていた通り、吐き気が止まらなくなりました。

H2ブロッカーは頂いてありましたが、それも吐いてしまった為、昨日の夜、急遽血液検査。

先生は、腎不全の末期です。点滴は朝してありましたが、夜寝る前にもう一度、3.2キロになるように輸液を入れると言われて帰りました。

腎臓はほとんど機能していないので、薬も腎臓への負担になってしまいます。

それでも、抗生剤と吐き気止めの注射をしていただき、吐き気は治まりました。

でも、常に二日酔いが続いている状態だそうです。

すみれはおしっこ以外は寝ているようになりました。



昨日は、すみれの部屋を模様替えして、ケージを出しました。
元気はなく、掃除の間中、キャリーの中で大人しくしていました。


掃除している間、なぜか泣けて泣けて、、、

すみれと出会った日から、今日までのことを思い返しました。

すみれは、一年前の春の日、自宅そばのアパートに現れました。

マットを連れて散歩に出ると、毎日同じ場所にいます。

ささみを上げると美味しそうに食べました。

それから1週間ほどご飯を上げて逃げ帰っていました。
なにせ、アパートの空き部屋の前。

鼻水をたらし、見るも無残な状態でした。

3週間ほどして、雌猫だからと当時一緒に活動をしていた仲間が避妊手術に連れて行ってくれることになりました。

それから数ヶ月経ち、すみれのことで意見が合わず、ひとり立ちすることになりました。

すみれは可愛い子です。

その人に言われた一言がいつも胸に引っかかっていました。

海岸猫さんたちのところに通っていたこともあり、すみれはキドニーケアで狭い納戸での生活を耐えてくれました。

腎不全の初期と言われていたすみれですが、いよいよ今年の5月に食欲が全くなくなり、腎不全が悪化していると告げられたのです。

それからは、病院に何度も通いました。
貧血が進んでいると言われれば、改善できる見込みのある治療を試みました。

ご飯も最後は強制給餌。

可哀想にもがきながら食べるすみれちゃんでしたが、K/dも喜んで食べてくれた時期もありました。

明日もすみれの通院治療です。

苦しそうなので、3.2キロになるまで160ccの皮下輸液をしました。

鼻汁が出るので拭いてあげて、アガリクスのキノコジュースをシリンジでたらしてあげました。

静かに寝ています。

泣けて泣けて、すみれとのお別れが辛くて、やっぱり泣けてしまいます。
目が腫れてしまいましたが、明日は午前のOさんと二人きりの体制なのです。

そして、パンジーちゃんの日記を読み返しました。

すみれもよくがんばってくれました。
そして、猫の病院の看護士さんにも人気者のすみれです。

優しい言葉を掛けていただいているので、病院では絶対に泣かないようにしています。

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by chibi_mat | 2010-10-11 00:56 | すみれ